#マグカップ
【ふたりはとてもなかよしなのです】
それは、買い物リストに書き足されたのであろう。ヒナギクの書く文字とは癖の違うものだったから、誰が書いたのか、グランハルトには直ぐに分かった。買い足されることを要求するその単語は、まるで自分も元から書かれていた一員のような顔をして、きっちり綺麗にリスト入りしている。
けれど、グランハルトは笑ってしまう。
これを書いた当人の性格からして、何かが必要であれば、自分で勝手にメモを書くか、口頭で伝えてくるはずなのだ。それをわざわざヒナギクの買い物リストに加えたということは、自分がそれを求めていることを知られたくない故の偽装だろうと思う。
「素直じゃねえんだもんなあ、あいつも」
妙にわくわくした気分になって、グランハルトの足も軽くなる。ずぼらな彼にしては珍しく、目当てのものを手に入れるまで三軒もの店を回ってしまった程だ。
その日、回診から戻ったエマージが、キッチンの棚に仲良く並ぶ赤とピンクのマグカップを見て、口を引き結んだのはまた別のお話。
(何故私が書いたと分かった、グラン)
(そりゃ分かるだろ。気に入ったか?)
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#ヘッドフォン
【それは何より愉しい狂想曲だもの!】
ずっと部屋に籠もったまま何かしていると思っていたら、今日、えらく上機嫌な顔をしてマディが出てきた。
「見テ見テ! ジャジャーン」
その嬉しそうな顔のまま――と言っても、マディは常から笑顔を絶やさないが――両手で大事そうに抱え持っていた何かを掲げる。ヒナギクやキッドが首を傾げるが、俺を含む他の面々はそれが何だか分かった。――ヘッドフォンだ。
「そウ! ゴミ捨て場から拾ってきてネ、直したんダヨォ。イイでショー?」
「おお、かっけえなあ」
貸してくれよ、と俺が手を伸ばす。イイヨ! と満面の笑顔でマディがそれを寄越す。
サイズは――俺には小さい。マディの方が頭のサイズが小さいから仕方が無いか。元は黒だったのだろうが、パーツを挿げ替えられ、オレンジを基調としたカラーリングになっていて格好良い。マディのファイバーヘアはイエローだから似合うだろう。
「ようしマディ、着けてみろ!」
「ウン!」
俺には小さかったヘッドフォンは、マディの頭にはピッタリだ。少々ゴツイそれに「被られている」感じはするが、似合う。本人もそう感じているのは明白だ。嬉しそうに頭を左右へ揺らして、耳パーツを覆うヘッドフォンに両手を添え、満悦そうだから。
「コレでウルサくしないで音楽聴けるヨォー」
――あれ、お前ヘッドフォンどした?
それから数日後、朝食のパンを齧っていたキッドが言った。それまで毎日着けていたヘッドフォンを、何故かマディが今日は外しているのだ。問われたマディは、ギギギッといつもの笑い声を上げた。
「アレ着けてるト、皆の声が聞こえナイからネ。ワタシ、騒がしいジャンクポットがダイスキなんダ!」
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#時計
【もう何も語り掛けてはくれない】
ガラス面に罅の入ってしまった懐中時計を握り締めて、レオハルトは溜息に似た吐息を吐いた。友人にしては珍しく趣味の良い誕生日プレゼントだったから、実はとても大事にしていたのに。蓋も歪んでしまったらしく、閉じても上手く閉まらないようになってしまった。
それを踏みつけた当人は、ふん、と厭味たらしく鼻を鳴らして何処かへ行ってしまったから、文句を言うことも出来ない。そうは言っても、レオハルトが彼に文句を言うことは無いだろう。彼は上司であり、且つ、その懐中時計がグランハルトの寄越したものであることも知った上で、わざと踏みつけたのだろうから、文句を言えば逆効果――或いは思う壺だ。
「・・・ごめんな」
無残な姿を見たくないとでも言いたげに掌に包み込んで、呟く。
まるで、友情がそうして壊れてしまったような気がしていた。
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#ぬいぐるみ
【詰まっているのは天邪鬼なので】
布地を潜って、引っ張り出し、布を引いて、整える。
幾度となく同じ作業を繰り返しているヒナギクは、珍しくだんまりだ。否、時折小さく舌打ちをするところから見て、集中しているのではなくいらついているのだと知れる。けれど、作業は投げ出すことなくちくちくと続けられた。
てん、と針の先が指を刺し、「いて」と漏らしてまた舌打つ。機械の身体に刺さることはなくとも、突いて痛いものは痛いのだ。細い針をつまんでは引っ張り、糸でかがる。
後少しで口が閉じるところまで進むと針を止め、傍にもっさりと積まれていたおがくずを引っ掴み、穴から中へと詰め込んでいった。破いてしまわないよう、くずを掴む動作の乱暴さとは裏腹に、詰め込む動作は繊細だ。
腹が膨れたら残りを縫い止め、詰まったおがくずを叩いて均す。
「ほらよ。っつーかもう直してやんねーからな、大事にしやがれっ」
裏口で待っていた少女は、放り投げられたくまのぬいぐるみを抱き締め、泣き顔にぱあっと花を咲かせた。
「ありがとおにいちゃん!」
「フン」
嬉しそうにスキップで帰っていく後ろ姿をちらっと一瞥して引っ込んだヒナギクを、グランハルトが笑っていた。
(何笑ってやがる!)
(いやあ、良いオニイチャンしてんなと思って)
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#本
【明日の天気にご注意下さい】
明日は槍でも降るのだと、医者は断言した。
熱でもあるんですか? と、看護師の少女は慌てた。
いや、槍どころか天変地異だろうと、忍が茶化す。
矛先に立つ人物は、至極不満そうな表情を惜しげも無く蓄えて言った。
「お前ら、ちったぁ失礼って言葉を知れよ! ・・・ミアちゃん以外!」
(俺が本読むのがそんなに珍しいのかよ!)
(だっテェ・・・グラン、そーゆーの全然やらなそうなんだモン!)