久し振りに空を見た気がする。すっかり明るくなってしまった蒼天を見上げ、そして深呼吸を一つ。漸く下水道から外へ出られたお陰で新鮮な空気を思い切り吸い込むことが出来る。ゾンビの蔓延る世界なのだから綺麗な空気とは言い難いが、下水の臭いに較べればずっとマシだ。首を回し、肩も回す。――よし。
「バスター、探さなきゃね」
幸い、最近の遭遇率が嘘のように捜索中ゾンビは一匹も現れなかった。とは言え名前を呼ぶわけにはいかない。何処に奴らが隠れているか分かったものでは――、
「シェーラ!」
「・・・ないっつーのに、あの馬鹿!」
ただでさえ巨躯は目立つのに、更に大声を出すとは。見つけたあいつへ猛ダッシュを掛け、思い切り蹴り飛ばしたのは仕方無いことだと思ってもらいたい。
「・・・何考えてんのよ、っとに・・・」
「すまん・・・」
ぶつくさ不平を垂れるあたしに、バスターはしょんぼりと肩を落としながら謝りっぱなしだ。不平が途切れるのは、あたしが裂いたシャツでこいつの傷を縛る間だけ。片腕しか無いあたしでは、口を使う以外包帯を巻く方法が無いのだ。銜えた端と握った端を両方ぐっと引く。少し強めだが止血も兼ねているのだ、これぐらいで良いだろう。
兎に角、無事で良かった。そう思っているのはあたしだけではない。彼の顔を見れば分かる。しかしそいつの穏やか過ぎる微笑の意味など、あたしは知らない。
「取り敢えずは進もう。安全な場所と食糧確保、はい出発!」
あたしの号令を聞いてバスターが笑った。何が可笑しいのやら、聞いても答えてくれなかった。
――シェーラ、あれを。急に立ち止まったバスターがあたしの肩を叩き、ある方向を指差した。ボロい建物群が軒並み連なるその中。あいつが指したのは、レストラン。
「・・・食糧」
「あるかもな」
行かない手は無い。あたし達には以前、貴重な食糧をダメにした前科があるのだ。幸運なことにここまで一度もゾンビと行き会ってはいない。あのレストラン内にも居ないと読むか、幸運尽きて対戦と読むか。それを決めるのは天であたし達じゃない。
勿論、選択するのはあたし達だけれど。
壊れた扉は、あたしが押し退けた途端に蝶番が外れ、バタンと落ちた。もわんと立ち上る土埃からして人の出入りが無かったことが窺える。
(誰も来なかったなら、手付かずってこと)
果たして。厨房奥に「それ」はあった。厚い扉に守られ、恐らく中には溜め込まれた食糧がたんまりあるはず。だが自動で開くはずの扉は二人掛かりでもびくともしない。
「こりゃダメだわ、誰か助けが必要――」
そう、あたしが首を振った瞬間。誰かの足音がして、同時に振り返ったバスターが叫んだ。
「おれ達は人間だ! 撃たないでくれ!」
「あ・・・あれ?」
「へ? ・・・ああっ!」
銃を構えた男はその場でぽかんと口を開けた。あたしもバスターも同じく。そして暫しの間を置いて、あたしはそいつが誰だか気がついた。
その男、ヘイスと言う青年は、昨日だか一昨日だか、兎に角そう遠くない過去にあたし達が行き会った男だ。と言っても互いに名乗り合ったのは今し方。
「あの時はそれどころじゃ無かったかんね。無事配給所には行けたわけ?」
「ええ、お陰様で」
微笑を浮かべてヘイスは頭を掻いた。見た感じは普通の人間。良くも悪くも一般人である。但し、この世界を生き抜いている所為か若い割に精悍さが窺える。彼の連れは少女だった。名前は米子と言うらしい。日本人なのだそうだ。
「・・・やくそうあげる」
あたし達の視線に構わず、その子はバスターの袖を引き、シロツメクサを渡そうとしていた。困り顔のバスターにヘイスが苦笑する。
「すみません、薬草と言って聞かなくて」
ヘイスのジェスチャーからして、その「やくそう」は食べるものらしい。お人よしのあいつは、ありがたく受け取って食べていた。そちらへ向けていた視線をヘイスへ戻す、と、彼も感づきこちらへ顔を戻していた。
「悪いんだけどさ、これ開けるの手伝ってくんない?」
重い扉を示す。腕は二本より四本あるに越したことは無いのだ。
「勿論、喜んで」
結果として、扉は開いた。あたしとバスター、そしてヘイス。三人掛かりでこじ開けた。手こずった感は否めないが、骨折り損では無かったのだから良しとしよう。肩で息をするあたしたちを、米子が首を傾げて見つめている。
「米子」
ヘイスが呼ぶ。すると少女はパタパタと彼へ駆け寄っていった。
(微笑ましい)
血の繋がりなど無いそうだが、彼と少女は何処か似合いな気がした。いや、彼の気持ちは何と無く解る気さえする。
(守る相手が居るお陰で保つってやつよね、きっと)
ゆらり立ち上がったバスターがあたしを引き上げ、あたしはヘイスへ手を伸べた。
「手伝いのお礼。食事作るわ、一緒してってよ」
「え、良いんですか」
「良いの良いの。それに、こいつが米子ともう少し一緒に居たいって」
急に振られたバスターはぽかんとした顔をしていたけれど、すぐ照れて顔を逸らした。子供とこうして触れ合うのは久々だ。子供好きのこいつは米子と遊びたいはずだから。
「料理の手伝いくらい出来るよねえ? 今時、男も料理出来なきゃモテないよ!」
そして久々の二本腕の助手だ。目一杯コキ使ってやろう。あたしの意図が読めたのか、ヘイスから溜息のような苦笑いが零れ落ちた。
体力65→65/食糧71→78(ヘイス米子の助け/敬称略)
アイテム:治療薬、寝袋/銀色の鍵(フラグB)
今日のS/B:【探索】食料庫発見! だが重い扉はひとりでは開きそうにない。【同行者】を連れているかフォロワーの助けを得られるなら食糧+7。さもなくば無駄骨に終わって食糧-3。
http://shindanmaker.com/235938
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